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ダートトラックを愛する全ての人へ
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それは前回の入院時の話。

横のベッドに若干の痴呆で寝たきりの爺さんがいたと言うのは少し話したような気がする。
名前は吉○さんで通称吉爺。とにかくヨーグルトとヤクルトが大好物な爺さんで、その好きさは凄くて、食事が出てくればまずヨーグルトから食べ始めてしまうくらい(メインはほとんど食べない)、よく『ヨーグルトが一番好きな食べ物』と食事を食べさせに来た看護師さんに言っていた。
しかし病院食ってのもまた微妙な話で、どういう考えでなのかわからないのだが、俺には一日1~2回は必ずヨーグルトがつくのに、吉爺の食事には何故かつかず数日に一回という具合。下痢をされたくないとか病院側のそんな事情があったのかもしれないが食事の度に「ヨーグルトはないのか・・・」と悲しそうな声でボヤいているのを聞くと、ね。。。食べられんよね俺。だからほぼ俺のヨーグルトは吉爺にプレゼントしていた。俺はそこまで好きじゃねーし。ま、俺から貰っていると言う認識はほぼなかったようだが。

吉爺は何も出来ないと言うかとにかく自分の事を何もしようとしなかった。寝返りを打たせてくれだの、ベッドのボタンを押してくれだの、オムツを交換してくれだの(実際は出てない場合が多い)、なぜかそれは夜中に多くその度にナースコールでバタバタ始まるからどうしても起きてしまう。今思い出しても、一体夜中何度起こされたのか数え切れない。呆けたフリして嫌がらせしてんのかと思ったくらい。
でも何があっても俺は基本的には我慢していた。もうどうしようもない事だと思っていたので。まー少し腹が立っていたのも事実ではあったがね・・・

俺の退院も近づいたある夜中、吉爺は静まり返った病棟に響き渡る絶叫を上げだした。周囲はビックリして起き、慌てて飛んできた看護師さんが何を言っても聞かず意味不明な絶叫は続き、強制的にベッドごとどこかに運ばれていった。

若干心配だった俺は翌日食事の時間にヨーグルトを持って病棟内を探した。するとナースステーション横の、状況がヤバい人が行く特別ルームに吉爺は入れられていて、そこに俺は入りヨーグルトを台に置きながら言わなくてもいいのに、っつーか本当に後悔してるんだけど「毎晩毎晩もうやめてよ」的な事を言っちゃったんですよ。
覚えてないんだよ・・・とその件に関しては言ってたけど、寝返りだってベッドのボタンだって昼間は普通に一人でやってるのを見てたからさ。。。。

でもその後色々考えた。
確か歳は85だったと思うが、お見舞いは数日起きに足が悪い奥さんが来るだけ(極まれに一人の娘さんも来ていたようだが)。その奥さんが、ね、、、ま~ちょっと歳の割にはうるさい人で、吉ジイが「もう俺は歩けないんだ・・・」「ここで死ぬんだ・・・・」などとボヤく度にガミガミと説教し始めちゃう感じで、まぁ説教なら別に構わんけど、ねぇ、横で聞いてて、本当に長年連れ添った夫婦なのか??と思っちゃうくらいな事も言ってた。

だからね。。。それ考えるときっと色んな意味で寂しかったのかなと。
もし治って家帰ってもあんな調子で毎日ガミガミじゃ、、、そりゃ帰りたくなくなっちゃうのもしょうがないかと。だから逆に病院が居心地良かったのかもってね。言えばある程度の事は何でもしてくれるし。
ま~実際どう思っていたのかは今となっては知る由もないし、つーかそもそもどこを怪我してたのかホントに呆けてるのかどうかもわからんかったけどwww
でもそれ考えると本当になんか、吉爺に悪い事言っちゃったかも・・・と退院まで自責の念な毎日だった。

だからって周囲に迷惑をかけてもいいという話では勿論ないんだけど・・・・・

 

数日後、俺が退院するというその日。
朝、吉ジイは横に帰ってきた。特別室を出て元の所に戻ってきたのだ。
看護師さんが、

「横のゴリマック、今日退院だよ♪」

ま~、俺も言っちゃってるしどーせ無反応だと思いきや吉爺が聞こえるか聞こえないかな声で、

「仲間がいなくなるのは寂しいねぇ、、、皆な仲間だからねぇ。。。。」

まさかの返答ですよ。そんな言葉返ってくるとは思ってもなかったからさ。。。
俺号泣。ヤバイ、マジ泣き。
なんでここで泣く俺???
早くいなくなっちまえ!くらい言われるかと思ってたんだけど。。。。

退院まではまだ時間があったので、とにかく何か俺に出来ねーかと。考えた挙句何か吉爺に残して行こうと。紙に何か書いたとこでどーせ見ねーだろうし。。。そうだ!と。PCにね、ヒデヨシさんが撮ってくれた俺のグルグル写真のデータが何枚かあったのですよ。これでゅあーと!
メモリーカードに落としてそれを持って駅のヨドバシに急ぎ、写真にして、そこに「元気になって!!!」と、あとはまぁおこがましいながらも1年で149ドルを稼ぎ出したプロダートトラックレーサー(俺ね)のサインを入れて、吉爺のベッドの名札の横、そこに貼ったらむしろ見えないだろな所に貼り、更に一緒に買ってきた袋一杯なヨーグルトをナースステーションに持ってって、メンドーで申し訳ないけど冷蔵庫に入れといて吉爺の食事に1個ずつ付けてあげてくれと看護師さんに言付け、
最後に、すぐ飲めるようにとベッドの机にヤクルトを置き、置いた瞬間に黙って手を伸ばしヤクルトを飲み始めた吉爺に、

「吉爺っ!!元気になんだよ!ぜってーまた自分で歩くんだぜ!」

と大声で言って(耳が遠い)、それには無反応だったが俺は晴れて退院した。

 

・・・・とここら辺の出来事は正直ほとんど忘れていて、まぁ覚えていようが書くつもりはなかったし(現に書かなかったが)、今回入院初日に聞いた看護師さんの話があまりに嬉しくて思わず書いてしまった。


と言うのも、俺が退院した直後あたりからある程度の事を自発的にやろうとするようになったらしく(ナースコールが相当減ったらしい)、でもって更なる驚きが、何と「立って」「歩いた」らしいのだ。らしい、というか実際本当に立って歩いたようだ。これには正直ビビッた。
あの時、ナンダカンダ言ったけど、吉爺はもう多分無理だろう、と。俺も含め周囲もそう思っていたのだがね。。。。

で、その吉爺が晴れて退院の日に、看護師さんが聞いたらしい。ゴリマックのサイン&メッセージ入り写真をどうするかと。吉爺ハッキリと「持って帰る!」と「あの人には本当に色々してもらったから・・・」

 

こんな嬉しい話も、そうないんじゃね??
俺の事を覚えていようがいまいがそれはどうでもいいんだけど、立って歩けたという事が俺的に本当に嬉しくてね・・・

これはね正直な所、話を聞かなければ書くつもりはなかった。あんまね、何々をしてあげた的な話ってあんまり好きくはないんですわ。してあげるのは個人の思いだから別にいいんだけど、それをブログとかに載せるというのがどうにもね。
偽善?
アピール?
上から目線?
なんて思っちゃうのよ俺はね。何も求めないなら世間に向けて話す必要ってゼロじゃない?って。
ま、俺は良い人アピールだけどね(笑)

まぁそう思われてもいいから話したかったのはやっぱり一人の寝たきりだった老人が元気になって退院したというのがマジで嬉しかったから。俺は小学4年生の時、一年の内に祖父母を二人とも亡くしとるんですよ。相当なおじいちゃんおばあちゃんっ子だったからめっちゃ辛かったし、30になった今でも、思い出すと軽くジワジワと涙出てくるんですよ恥ずかしいけど。夢にもよく出てきてくれるし。
そんな多感な時期に、入院してどんどん衰弱して死んでしまった祖父、間髪を入れず次は祖母が入院して・・・丸々一年に渡って見続けたわけだから(まぁ俺より母ちゃんの方が辛かったろうが)、「人が死ぬ」という事に関してはたぶん人並み以上の感覚を俺は持ってて、死ぬのは自然の摂理だとか結局最後はとか言う人はいるけど、まぁそりゃそうだとは思う、思うけど、それ以前にそれってすごい「悲しい」事だよね。誰であろうと。
だから吉爺がもし仮に死んじゃったなんて話を聞いたら間違いなく泣いただろうね。

元気になろうと思わなけりゃ元気になんかなるわけない。
少なくとも入院中の吉爺を見てる限りその気持ちは見えなかったから、まぁほんとゴメンだけど正直先は見えてると思ってた。弱って死への過程、その時の吉爺を祖父母と被らせてみてもほとんど違いはなかったのだ。だからはっきり言って吉爺のその後が心配ではあったが覚えてたくはなかった。お見舞いに行く気もなかった。赤の他人とは言え悲しい思いをするのが目に見えてたからね。

そーれが元気になったって話で思い出させてくれるんだもんよ。

まー勿論、元気になったのが俺のおかげだとは思わない。
でも100の理由があったらその内の1つにはなるかね?

もー良い人アピールだよ。何でもいいよもう。嬉しいんだもんよ。
書いちゃったよ、暇なんだもん。

最後に一応言っとくけど、だからって介護とかそっち系の仕事やろうとは一切思ってない。

 

どうよ?そんな悪い話でもないでしょ?
泣いた?ねぇ?泣いた???
嘘くさい話でしょ?

だって作り話だもん!





いやいやいや!!!うそうそうそ!!!!
本当の話だよ(笑)

この怪我でトータル1ヶ月くらい入院したけど、そんな短い間でも嬉しい・悲しい・辛い・痛い・気持ちいい・他、色々あるもんだね。
1ヶ月、決して損ではなかったと思いたいよ。

 

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知らなかったけど
ゴリラってやさしいんだ♪

感動した!!!!
ぞおめえ 2009/05/10(Sun)07:09:19 編集
君は一番知ってるはず
俺のやさしさにはね♪
G-Mac 2009/05/11(Mon)22:21:56 編集
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MAC WADA
年齢:
45
HP:
性別:
男性
誕生日:
1979/03/11
自己紹介:
全米選手権に2年連続で参戦。
ハーフマイル450ccクラスでは2008年9位、2009年12位。
ショートトラックは2008年18歳以上クラスで3位。2009年30歳以上クラスで3位。
次はバハ1000、もしくはイギリスか豪州のダートトラックを走りたいと思っている30歳。
日本では一応エキスパートの#11。
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